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東京地方裁判所 平成10年(刑わ)265号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

被告人から金四四二万八四五九円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、昭和六一年九月六日から平成六年三月三日まで警視庁警部補として警視庁刑事部捜査第二課に勤務し、警察官として告訴・告発事件の受理及び捜査、詐欺・背任及び横領に関する犯罪の捜査、贈収賄・企業等に係る知能犯罪の捜査等の職務に従事し、この間平成五年二月ころから同年九月ころまで大和證券国立支店長らを被疑者とする詐欺・業務上横領事件(以下「国立事件」という。)に関する捜査を担当した後、平成六年三月四日から平成七年三月三一日まで警視庁警部として警視庁愛宕警察署に勤務し(なお、平成七年一月九日から同年三月一〇日まで警察大学校へ派遣されている。)、警察官として知能犯捜査等の職務に従事し、平成七年四月一日から平成一〇年一月一一日まで警察庁警部として警察庁刑事局捜査第二課に勤務し、警察官として詐欺・背任・横領その他の知能犯罪及び証券取引関係犯罪等の捜査に関し都道府県警察に対する連絡、調整、指導、情報収集等の職務に従事していたものであるが、大和證券株式会社総務部付部長・総務部長(いずれも賄賂供与時。以下同じ。)であったT、同総務部付次長であった分離前の共同被告人Kあるいは同総務部付次長であったNから、国立事件における捜査情報等の提供やその後も種々の有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、別紙一覧表番号1ないし44記載のとおり、平成五年四月一四日ころから平成九年二月二八日ころまでの間、四四回にわたり、東京都中央区八重洲所在の飲食店等において遊興飲食の接待を受けたり、東京都中央区八重洲所在の住友海上日本橋ビル大和証券株式会社別館六階応接室において、大和ビジネスツーリスト株式会社発行の一枚一万円の旅行券五〇枚の提供を受けたり、東京都新宿区四谷所在の飲食店等において現金の提供を受けたりして、右接待金額二六回分の合計一一四万七〇四三円、旅行券金額合計五〇万円及び提供現金額二四回分の合計二七八万一四一六円の合計四四二万八四五九円相当の賄賂の供与を受けて、各賄賂供与当時の自己の職務に関して賄賂を収受した。

(証拠)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の犯罪事実別紙一覧表番号1ないし25の各行為(ただし、同表番号6、12、14、16、22はそれぞれ包括して)はいずれも平成七年法律第九一号附則(以下「改正法附則」という。)二条一項本文により同法による改正前の刑法一九七条一項前段に、同表26ないし44の各行為(ただし、同表番号27、44はそれぞれ包括して)はいずれも右改正後の刑法一九七条一項前段に該当し、以上は改正法附則二条二項により改正後の刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い同表番号3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、改正法附則二条三項により改正後の刑法二一条を適用して未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。被告人が右犯行により収受した賄賂は没収することができないので、同法一九七条の五後段によりその価額金四四二万八四五九円を被告人から追徴する。

(量刑の事情)

一 本件は、警視庁警部等の要職にあった現職警察官の被告人が、大手証券会社である大和證券の総務部付部長らから、同社の従業員らが関与した刑事事件等に関する捜査情報等の提供を受けるなど種々の有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨で供与されることを認識しながら、四年近くの長期間に四四回にわたり、遊興飲食の接待、現金供与等の合計約四四三万円相当の賄賂を収受した事案である。

被告人は、警察官として、国民の生命・身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防・捜査等公共の安全と秩序維持に当たることを責務とし、部下職員等の指導にも当たっていて、職務の廉潔性・厳正な公正さが強く要請される立場にありながら、国民の期待と信頼を裏切り、警察官の名誉、信用、威信を大きく失墜させたばかりか、証券業界の信用にも悪影響を及ぼしたものである。後に述べる諸点に照らしても、贈収賄事件の発覚が少なくない最近においても一段と犯情の重いものであって、警察関係者はもとより社会一般に与えた衝撃もはなはだ大きく、強い非難に値する。

二1 本件の発端は、国立事件の捜査に従事していた被告人が、大和證券の担当者から社内調査で得た情報の提供を受ける見返りとして、右担当者らの要求に応じて、捜査情報を具体的に教示し、その教示が同事件に関する同社の独自の調査、社内処分、マスコミ対策等に役立ったことから、同社の担当者が右取り計らいに対する謝礼等の趣旨で供与した飲食接待の賄賂を収受し始めたことにある。その後、被告人は、同社の従業員らが関与した刑事事件や不祥事等に関する捜査情報等を求めに応じて提供し、同社担当者からの同様の趣旨の賄賂を収受するのを繰り返すようになった。

2 このように、被告人は、国立事件の捜査に従事している当時から賄賂を収受し、その後の二度の異動にもかかわらず、賄賂の収受を継続し、同社担当者との癒着ともいえる緊密な関係を構築していった。そして、当初は同社の担当者から持ちかけられたとはいえ、次第に接待やいわゆる付け回しの手口(これには架空の領収書によるものも複数回含まれている。)等で賄賂の供与を積極的に要求するようになり、自分の同僚・部下も同席する接待の場を設けさせるなどして、これらの者も本件に巻き込んだり、入寮中の警察大学校の寮にまで金銭を郵送させたりしたほか、自己の職場で金銭を受け取ったこともあるなど、収受現金額も決して少額ではない本件各犯行を犯しているから、その態様は、継続的、大胆かつ悪質なものである。

企業犯罪等に関する被告人の捜査官としての立場上、捜査情報を得るために関係者との接触に特段の工夫を要することがあったとしても、また、贈賄者側に個人的な好意を抱いたとしても、もとより被告人の本件各犯行が許容されるものではなく、犯行の動機に酌むべき点はない。

加えて、被告人が本件後に賄賂の収受を中断したのは、野村證券・大和證券による総会屋に対する利益供与事件が表面化するなどしたことに伴い大和證券の担当者から自粛を持ちかけられたからであって、被告人には中断の意思がなかったのであり、本件が発覚しなければ将来再開されていた可能性の高い犯行であるから、犯情が悪い。

以上によれば、弁護人主張の諸点を考慮しても、被告人の刑事責任は重大である。

3 他方、被告人は、本件発覚後犯行を素直に自供し、公判でも被告人なりの反省の態度を示している上、これまで前科前歴がなく、懲戒免職となって、本件当時の地位を失った被告人には同種再犯のおそれはないこと、マスコミに報道されるなど既に相応の社会的制裁を受けていること、病身の妻や未成年の子供二人も、一家の支柱である被告人が犯した本件で経済的、精神的に大きな痛手を受け、今後とも苦しい生活が予想されること、情状証人として実父や従前の勤め先の上司が出廷して、被告人の更生に協力する旨を誓っていることなど、被告人にとって酌むべき事情もある。

また、被告人は、警視総監賞等の表彰を度々受けるなど有能な警察官であって、その勤務振りも高く評価され、社会にも貢献してきていたことは、もとより被告人にとって有利な事情であるが、同時に、そのような被告人が他面において本件犯行を重ねていたのであって、右の点を被告人の量刑上過度に重視するのは相当でない。

三 そこで、以上の事情を総合考慮して、被告人に対し、主文の実刑を科すのが相当と判断した。

(裁判長裁判官植村立郎 裁判官野口佳子 裁判官上拂大作)

別紙一覧表〈省略〉

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